2017年8月6日

「ポ理」ってなんだ!?



このブログでしばしば出てくる用語「ポ理」について説明しますよ~。



「ポ理」ってなんだ!?


ポ理とは、ケモン対戦の論のこと。将棋が分かる人なら、棋理と似たものだと考えれば分かりやすいと思います。理論というと何やら難しそうですが、実際はポケモンの対戦を数多くこなした人なら既に概念として理解しているものです。

たとえば金銀クリスタルで、55カビゴン対策に50ムウマを入れたパーティで対戦するとします。そして実際に相手のパーティに55カビゴンがいた場合、50ムウマを出しますか?出しませんか?










出しますよね。仮に出さないとしても、まずは「50ムウマを出せるか」から選出を考えるはずです。

これは、

構築、選出、立ち回り段階の思考は一致する


というポ理にそった思考です。

このように、ポ理は人の自然な心理によるものです。その自然な心理は、「試合に勝ちたい」という行動原理が支えています(それゆえ、試合に勝ちたいと思っていない場合─たとえば、特定のポケモンを試合で試したいなど─は、ポ理にそぐわない行動がとられることもあります)


なぜ、言語化するのか


さて、先ほどの55カビゴンと50ムウマの例では、ポ理を知らなくてもほとんどの人がポ理にそった思考(55カビゴン相手に50ムウマを出す)が出来たと思いますが、それは自然な心理によるものです。ならば、わざわざポ理という形で言語化しなくても良いんじゃないのか?と疑問に思う方もいると思います。ですが、言語化することには大きなメリットがあります。

言語化ってなんだ!?~とおらばがブログを書き続けるわけ~ でも少し触れましたが、言語化できることは別の場面でも再現が出来るし、応用がききます。言語化できない思考、行動はただの勘であり、成功しても同じような場面で再現できるとはいえない。まぐれなんです。

言語化できなければ再現性がない (C)小林有吾/小学館
ムラがあるのは言語化できないから (C)小林有吾/小学館


また、ポ理は人の自然な心理によるものだと述べましたが、ポ理は対戦における経験の裏付けを元に言語化したもの、対戦の重要なポイントを抜き出したものでもあります(それゆえに、対戦を数多くこなした人が既に概念として理解しているんですね~)。しかしその経験を、自らの実戦や情報収集・取捨選択とそれに基づく判断だけで習得し、更に重要なポイントに気付くには莫大な時間と労力がかかります。ですが、ポ理を知り、理解すれば、莫大な時間や労力をかけることなく同様の経験を得ることができ、ひいてはポケモン対戦で強くなれます。

そして、ポ理を言葉にして理解していれば、局面ごとの相手の心理状態が分かるようになります。何しろ、自然の心理によるものですからね。そこから、相手の次の行動も読めるようになります。「読み」は皆が行うものですが、漠然とした概念ではなく言語化したポ理という形の根拠があれば、迷いなくその読みを信じて強く踏み込めるようになります。


少し話が長くなったので、下の画像を見て休憩しましょう。

Sources : Gregory R (1970) "The intelligent eye" McGraw-Hill, New York (Photographer: RC James)















さて、上の画像に犬はどこにいるか分かりますか?…ここで聞かれるまで、犬がいることすら分からない人が多かったのではないでしょうか。正解はこちら↓





上の画像は、『スポーツの技の習得のためのメタ認知的言語化:学習方法論( how )を探究する実践』という論文で触れられている、ダルメシアンの画像(グレゴリーのダルメシアン犬)です。この論文で諏訪正樹教授(2007)は以下のように述べています。

…言葉は言葉を生む
………次第に言葉は言葉を生む。人は様々な概念を有しており、概念間の連想が働くというのがその第一の理由である。………言葉は一種の外的表象化行為であり、言葉同士の関連性の発見を促しやすくなるというのが第二の理由である。………

…言葉は知覚を変える
………言葉の存在は知覚を変化させる。ダルメシアンの犬の画像はその好例である。………全く同じ画像を目の前にしても,犬という言葉があるかないかで知覚が変るのである。………したがって、言葉にできることが増えれば、環境中に見いだすことのできる変数は増える。

…知覚の変化は言葉を増やす
知覚が変わって環境中に見いだすことのできる変数が増え出すと、当然、言葉にできることも増す。………知覚も言葉も共に増え、進化する。………

…知覚と言葉の変化は新たな動作の動機になる
知覚と言葉の変化は新たな動作の動機になる知覚が変わり、意識できる変数が増え、それを表現する言葉も増えると、身体を意識的に新しい方法で動かすことを試みる動機が湧く。………

動作が変われば、言葉にできることも変わる。………数字や言葉での評価を得ることによって、メタ認知的言語化の習慣にあるアスリートは、これまでの意識や言葉や知覚を継続するか改善するかを考える。………

端的にまとめれば、言葉が言葉を産み、その言葉が知覚を変え、新たな視点を産み出す。それによって言葉も増え、新たな視点もまた産まれる。その繰り返しによって新たな動作(ポケモンでいう所のパーティ構築、選出、立ち回り、検討)も産まれうる、ということでしょうか。言葉が知覚をも変えるというのは、先ほどのダルメシアンの犬の画像でよく分かったと思います。また、ただ考えるだけでなく、言葉にすることで理解が深まり、新たなものが産まれるというのは非常に重要な指摘です。たとえば、誰かに説明することで既に自分が知っていることについての理解が深まることを経験した方は多いのではないでしょうか。私自身も、ポ理という形で言語化する中で新たな発見をいくつもしてきました。

また、この論文では以下のようにも述べられています。

言語化することで暗黙知が明らかになりスキルに関する形式知が得られると安易に考えるものではない。むしろ逆である。個人の身体固有性を孕む身体と環境の関係を言葉をツールにして模索することにより、それまで暗黙的に成立していた変数や関係が意識にのぼる。しかし、身体と環境の関係に関して意識できることが増えれば増えるほど、更に暗黙知の探究領域が拡大されると考える。メタ認知的言語化は無尽蔵な暗黙知に立ち向かい、より微細な自己受容感覚や知覚を獲得することでスキルを高めるための実践方法論である。

暗黙知は言語化できない知識、形式知は言語化できる知識、 という意味合いです。ここで注目すべきは『無尽蔵な暗黙知』という記述です。私はこれまで、ポ理はポケモンの対戦を繰り返した人なら概念として理解しているものと繰り返し述べてきましたが、はたして全てのポ理を暗黙知として理解しており、かつ形式知として言語化できる人はどれほどいるのでしょうか。自信をもってできると答えられる人はいないと思います。言語化して形式知にすればするほど、また新たな暗黙知が見つかります(だからこそ、言葉が言葉を産むし、『無尽蔵な暗黙知』なのでしょうね~)。暗黙知を言語化して形式知にし、その過程で産まれた新たな暗黙知を言語化して形式知に…その繰り返しがスキル─ポケモンならパーティ構築、選出、立ち回り、検討─を高めるのでしょう。


ポ理を理解し、自分なりのポ理を見つける

私は自分で見つけたポ理をこのブログに公開しています。もちろん、それを読むだけでも一定の効果は得られると思います。ですが、読んだだけでは単なる情報収集で終わってしまいます。使いこなすにはその先の、理解にまで至る必要があります。ポケモン対戦検討などで私がどのようにポ理を使ったか、あるいはどのようにポ理を見つけて言語化したか、まで考えて読むとポ理が理解できるようになると思います。

そして実戦でポ理を生かし、またポ理を言語化すれば、理解がより一層深まります。その中で、私が書いているものとは別のポ理も見つかるでしょう。当然ですが、私が書いているものがポ理の全てではありません。なぜなら、ポケモンを対戦している人ごとに見つけるポ理は違いますし、そもそもポ理は無尽蔵な暗黙知ですから。なので、ブログ等で対戦を検討し、ポ理を書いてみることをぜひお薦めします。

まとめ

ポ理とは、ポケモン対戦における理論のこと。対戦を繰り返した人なら概念として理解している、人の自然な心理によるもので、対戦の重要なポイントを抜き出したもの。

言語化されたポ理によって、同じような場面での再現が可能になる。

ポ理を理解すれば、対戦を繰り返したのと同様の経験が得られる。

ポ理という根拠があれば、自分の読みを信じて強く踏み込めるようになる。

ポ理を言語化する中で、新たな発見ができる。


私のポ理はここにまとめてあります!

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